mediologic

my thoughts about media/communication and everyday life.

コンテクストプランニングのための視点:4つのコンテクスト

without comments

企画の手法/考え方の公開。

コンテクストプランニング、つまり、ある商品/ブランドのコミュニケーションプランを作る前段階として、どういったコンテクスト(文脈)でコミュニケーションを組んでいけばいいかのプランを作るときに、とりわけ重視する「4つのコンテクスト」を図示。

これら4つの視点からのコンテクストをまず導き出し、その上で新たなコンテクストの「創造」が必要であればそのストーリー(シナリオ)を設計する。

各々のコンテクストを把握するためには、関係者ヒアリング、ユーザー(ターゲット)ヒアリング、定量調査といった「調査」のみならず、ブランドの歴史の理解、業界の理解(例えば売上、販売量のようなビジネスサイズを表すものから歴史まで)、メディアの論調の分析といったところまで行う。

戦略PRの文脈で言われる「空気づくり」は主にメディアの論調を分析することに重きを置かれることが多いが、一方で、メディアの論調=ターゲットの理解ではないし、業界の動向を表すものでもないため、様々なマーケティングコミュニケーション手法を導き、実施するための「コミュニケーションプランニング」の前段階の「コンテクストプランニング」においては、上記4つのサークルの分析と理解を行うことが重要と考えている。

併せてどうぞ:
”高広伯彦氏の手書きメモから、ソーシャルな「コンテクスト・プランニング」の方法論を探る”

Written by noritakahiro

1月 26th, 2012 at 12:16 am

ブランドロイヤリティの段階

without comments

マーケティング研究メモ。

ブランドロイヤリティのレベルについて。
※これを見たときに、facebookの「いいね!」がブランドに貢献しているのはどの段階なのか?を再び考えなおすキッカケになるはず。

上記は、Hallberg が60万人のコンシューマーへのインタビューをした結果によってまとめたチャート。

ー ”No Presence”レベルのコンシューマは、そもそもブランドを知らないコンシューマでいかなるエモーショナルなロイヤリティもない。
ー ”Presence”レベルのコンシューマは、ブランドを知ってるがエモーショナルなロイヤリティはごく小さい。
ー ”Relevance and Performance”レベルのコンシューマでは、当該ブランドが彼らの欲求にあっていると認識されはじめる。
ー ”Advantage”レベルのコンシューマでは、当該ブランドがもつある種の性格(attribution)が他よりもすぐれていると感じてる。
ー ”Bonding”レベルのコンシューマでは、当該ブランドにはいくつものユニークな特質があると感じていて、そのブランドが好きだと意識できる。

※追記:ブランド論の視点の基本は、ブランド側ではなく、コンシューマ側のマインドの中で起こっていることとしてとらえること。上記の5段階も全てそう。ここを取り違えてはいけない。企業側がどう市場で優位のたつのか、という考え方ではない。コンシューマのマインドの中で優位なポジションにいるかどうか、それを目指す企業努力がブランディング、なのである。

Written by noritakahiro

1月 23rd, 2012 at 4:04 am

ケーススタディはちゃんとした理解をしよう

without comments

こういうレポートを見た。

驚愕!たった36時間で2300万人を巻き込んだソーシャル戦略 | バズ部|ソーシャルマーケティング.

いかにもソーシャルメディアで大大成功をおさめたようになっているが、実際はテレビCMも使っているし、スーパーボウルにおいても放映されたのである。ちなみにスーパーボウルの視聴者は1億人を超えると言われている。

海外での本件のレポートでは例えば、

のようなものがあがっているが、↑のブログ記事を読むよりも、より実態に即したものだろう。※ほかにも多数あるので興味のある人は探してみれば。

さて、どうもソーシャルメディア業界に蔓延する「ソーシャルメディア成功事例」は、“ソーシャルメディア外”における影響を無視する傾向にあるように思われる。そのあたりからして、ソーシャルメディア業界のマーケティングスキルの稚拙さを表現してしまっているのではないか。

Written by noritakahiro

1月 6th, 2012 at 12:00 am

Posted in まじめ

「嫌われ者」は周囲が作り出すのではない。

without comments

人のこと嫌いになるってのは、それなりの覚悟しろってことだぞ。
映画『バトル・ロワイアル』より。

イケダハヤト君は当初期待していた人材だったのだが、トライバルメディアハウスを辞めるぐらいからどうもただ勘違いしている若者なのではないかと残念に思うことが多い。一方で彼が言いたいことの真意は、ブログでの文章やツイートでの受け止められ方とは全く違うところにあるのではないか、と思うこともある。語彙力がない。もしかするとそれだけかもしれないし、実際のところ、校正をちゃんと受ければまともな文章になるのではないか、と。ただ最近は、自分を支持してくれる人の話しか聞かないのであって、批判する人に対しては話を聞かない、単なる意固地、若くして頑固者すぎる側面があるのかな、と。

例えば彼が新年一発目として書いたブログエントリ(ここから先はこのイケダハヤト君の文章を読んでからお進みください)、

「嫌われ者」になるべき5つの理由 | ソーシャルウェブが拓く未来.

などは、一見して賛同したい文章なのだが、まぁ僕も、代理店時代には「嫌われた」ほうだとも思うし、「嫌われ者」としての先輩として、ちゃんとこの文章を正しておきたいと思う。自分がやりたい道についてそれを周囲にやってみせて、それで「理解されない」ことについては、理解してもらおうとする努力と、理解されるときを待つ忍耐力というのが必要。「理解されない」としてもそれを「批判」ととるのは大きく間違っている。このブログのエントリーの中に、

そもそも「万人受け」という事態があり得ないものです。何かを変えようとした時、批判は「必ず」発生します。

という一文があるけれども、何かを変えようとしたときに起きるのは、変えようとした「アクション」に対する「拒否反応」として起こるものであって、それは新しいものへの理解/受容の難しさによるものだ。なぜ受け入れられないのか?を理解することは、自分が信じた道を進む上で重要な手がかりになるのであり、それらを「批判」というラベルを貼ったゴミ箱に捨てるのは、耳を貸さずに意固地になっているだけにすぎない。

この文章で最も残念なのは「恐れからの脱却」という部分。

何かを「世に出す」際には必ず、恐れが付きまといます。ブログを書くこと一つとっても「こんなこと書いて炎上しないかな…」とか思っちゃうわけです。
嫌われることを前提として受け入れられれば、そうした恐れは払拭することができます。

「記事を書いて炎上することへの恐れ」、「嫌われることへの恐れ」というのは結局のところ、他人からの視線への「恐れ」なのだが、それを克服する、脱却するというのであれば、なぜそれらの(彼の言う)「批判」と面と向かうことへの「恐れ」を克服、脱却しようとしないのか?

「嫌われることを受け入れる」というのは、「嫌われる」という方便によって自らの内面を守るための殻を作る作業なのであって、自分自身の弱い内面を曝けだすことへの「恐れ」がその裏には隠されているのではないだろうか。

賛否を呼ぶような作品は、時に人と人を繋げる力を持ちます。「マーラー好き」は「マーラー嫌い」と喧々諤々語り合うものです。

このあたり、文章のロジックが破綻している点は、ちょっと理解が難しいところだが、「マーラーの作品」や「バッハの作品」について、「好き」な人と、「嫌い」な人がいることと、「自分」について、賛同してくれる人と、批判してる人がいる、ということは大きく違う。前者は中心に「作品」が置かれてその周囲で議論が起きている。「作品」そのものは好きといってるほうにも、嫌いといってるほうにもどちらにも迎合することはない。しかし、「自分」が中心に置かれたときには果たしてどうだろうか?

批判されること、嫌われることを恐れ、誰かと繋がりを持つ/誰かと誰かを繋げるチャンスを失うことは、自分にとっても、社会全体にとって、大変もったいないことだと僕は考えます。

この文章、当初は、「批判されること、嫌われることを恐れ、批判する人、嫌う人とも繋がりを持つ/誰かと誰かを繋げるチャンスを失うことは、自分にとっても、社会全体にとって、大変もったいないことだと僕は考えます。」という意味かと思ったのだが、全体を通してみると、書かれている以上の含意はなく、「批判されること、嫌われることを恐れ、誰かと繋がりを持つ/誰かと誰かを繋げるチャンスを失うことは、自分にとっても、社会全体にとって、大変もったいないことだと僕は考えます。だから批判してる人、嫌う人は放っておいたとしても、賛同してくれる人とだけつながればいいんです。」という意味なのかと。

さて、ここまでを通じて思うのは、「嫌う人々」というのは自分自身が生み出してしまう存在なのではないか?ということ。例えばこの時点で言えば、僕自身はイケダハヤト君を「残念なヤツ」とは思ってはいるものの「嫌っている」わけではない。まぁ彼が僕のことを嫌っているかどうかは定かではないが、このような文章を書いてしまう時点で「自分のことを嫌っている人々が多数いる」と認めているようなもの。しかし、相手のこころなんてのは読めるわけはないので、実は「あの人は自分のことを嫌っている」と考えだすから、自分自身が「嫌われ者」なのだ、と自分で自分にラベルを貼ることになってしまうのであって、実は自分自身を「嫌われ者」と言うのは、「自己防衛」と「自己正当化」にすぎない。「認められたいから認めてくれない人を排除する」という「自己防衛」と、「自分自身の正しさ」を虚しく保つためには「嫌われている」ことにしなければ自分を守りきれないという”認知的不協和 cognitive dissonance”による「自己正当化」なのだ。

きっと、彼は自分自身を守りたいタイプなのであり、本当は誰からも嫌われたくないはずだ。それゆえ、自身を守り、正当化するためにこのブログエントリーが必要だったのではないだろうか?

※ところで@j_satoによる以下のツイートは関連ツイートの中でもっとも、確かに、と思ったものだ。

僕がイケダさんを嫌いな理由は、知的タフネスが不足しているため「批判」=「嫌われている」と思ってしまうところです。頭のよさが微妙な善人は嫌いです。 “@teranishi: 「嫌われ者」になるべき5つの理由 http://www.ikedahayato.com/?p=5484 @IHayatoさんから”

がつん、と。「対話」を重んじるなら必要だろう。

※ちなみに、文中にある2011年11月にパタゴニアが実施したキャンペーンの引用についても正しておくと、パタゴニアの広告=「アンチ消費」とするのは早計で、むしろパタゴニアが目指しているのは、むやみやたらに新しい商品を買うのではなく、buy fewer new products、つまり環境への負担が少なく、長く使えるような商品を必要なだけ買いましょう、という「正しい消費」である。DON’T BUY THIS JACKET は、やたらと消費を促す契機があるアメリカ消費社会の歪んだ構図を表しているのは間違いないが、そのコピーが出てきたコンテクスト(企業のミッションと社会的背景が織り成すもの)をちゃんと理解し、我田引水的に取りあげるのはやめてほしいもの。

Written by noritakahiro

1月 5th, 2012 at 1:22 am

Posted in 超まじめ

「フェイスブックマーケティング」なんてものは存在しない。

without comments

ソーシャルメディア界隈、ネット広告業界を中心に「フェイスブックでぜひ御社もマーケティングを!」という「スローガン」でいろんな広告主に「提案」が数多く持ち込まれた2011年の年の瀬ですが、みなさん師走っぽくお忙しいでしょうか?

さて、こうした「フェイスブックでマーケティングを!」の提案の多くが「公式」の運用であったりするわけなんですが、実際のところは「ページ」の提案、「アプリ」の提案ということで、「で?」というものばかり。しかもそのほとんどの提案資料に、電通の「AISAS」の引用、さとなおさんの「SIPS」の引用、「ロングエンゲージメント」の”言葉だけ”の引用、マーケティング3.0の誤用などなど共通するのが非常に多くて、おいオマエら、人の褌で相撲を取るってことわざ知ってるか?と言いたくなることもしばしば。ちなみにこのような状況が把握できるのは、↑の提案sを受けて、もう辟易した広告主から「なんかもっといい方法あるはずだよね、タカヒロちゃん」と声をかけていただくことがこの1年の仕事の3−4割を占めているからです(※ちなみに「タカヒロちゃん」をつけるのはごく一部の広告主です)。

さて、例えば The Next Web の掲載記事の邦訳版、こちらを見てみましょう。
企業がFacebookをフル活用した10のクリエイティブすぎる実例
はい、見ましたか?

他にも最近、日経デジタルマーケティングが「Facebookページ成功10社」をあげていたりしましたし、こうした「成功例」が色んなとこでレポートされてますが、実際のところ、フェイスブック「のみ」を使った「フェイスブックだけマーケティング」での成功事例なんてのはあんまりないんです。

例えば The Next Web の記事にあるのは他のツール群を使って「成功」しているし、日経デジタルマ−ケティングがあげた10社などは「そもそもブランドが立っている」企業なわけで。

前者の場合は、キャンペーン、ないしは恒常的なマーケティングコミュニケーション施策の中にいかにうまく組み込むかの事例であるし、後者の事例は、「フェイスブックによってファンを生み出した」のではなく、「そもそもつながることが難しかった“ファン”を顕在化させ、つながってもらえるようにできるようになった」ということでしょう。後者についてもう少し説明しておくと、今までは「買ってくれた人」はカスタマー化して「クロスセル/アップセル」しやすかったわけです。でも、「ファン」というのは実際に商品を買ってるかどうかにかかわらず、ある商品やサービスに好意を持っている人=「カスタマー前段階」も含んでいるのであって、「購買してくれた人」だけではありません。ここが大きなポイントです。

つまり、ファン>カスタマー、という図式があって、この「ファン」を作るのは、「フェイスブックだけマーケティング」の成果ではない、っていうことですね。

一方で、この2つのケースを前提に、広告主企業に提案しているソーシャルメディア屋さん、ネット広告代理店は意外なことにあまりいません。一部、ソーシャルメディアコンサルタントの資料においては、「ソーシャルメディアはパーツなので、全体戦略の中で位置づけないといけません」とのたまわっているのを見受けますが、そもそも「実施」「企画」ができない彼らがそれを書いて、広告主に提示したとしても、広告主側からすると「わかってらーそんなん、おまえらアホか?そんなことどーでもええし、で、どうしろと?」(←一部誇張)っていう話になるわけです。

※ちなみにネット広告代理店がソーシャルメディアに走るのは、(アトリビューション他も同じですが)、純広、SEO/SEMとアフィリエイトじゃあ伸びないっていう焦りの部分が大きいんですよね。背景には(1)そもそもメディアの数が増えていないので売り物が増えない。(2)広告主もネット媒体の最適な予算配分が見えてきていて、それ以上に「積まない」ということがあります。

このような現状があるから、スケダチという仕事にはますますオファーがいただけるわけなんですが、それはさておき、なぜ皆さん、パーツだったり、他人事のようにしか、仕事ができないんでしょうか? 「やりたくないことはやりたくない」からでしょうか?

提案先が求めている「ソーシャルメディアを使った提案」は、「ソーシャルメディアを使って、弊社のマーケティングコミュニケーション課題を解決してください」という意味であって、その「課題」の発見と解決の提案がなされていないからではないか、とつくづく思うわけです。実際↑であげた提案書を拝見しても、そこの部分が書かれていないものばかりなので。

「フェイスブックマーケティング」、なんてのは存在しないんです。それは売り手側の言葉であって、広告主側にとっては常に「マーケティング」、「マーケティングコミュニケーション」なんですよ。

Written by noritakahiro

12月 20th, 2011 at 12:33 pm

「やりたくないこと」と「やるべきこと」

without comments

“「やりたくないこと」が、「やるべきこと」なのかそうではないのかを判断していくのがオトナ。”

元ツイート→ http://twitter.com/#!/nari_konma/status/148597749984657408

仰るとおりで、、、。

でも、ピーターパンシンドローム的なというか、そもそもオトナを馬鹿にしていたり、オトナになりたいと思っていないバカ造にはそれすら理解出来ないかと。。。

Written by noritakahiro

12月 19th, 2011 at 1:20 pm

Posted in つらつら

新潮流を語るなら。視点の“作法”。

without comments

2011年位置情報サービス総まとめ、チェックインの次の新潮流は?【鈴木まなみ】 : TechWave.

この記事のチャートはわかりやすくていいですね。

ただこれは、各ソーシャルメディアプラットフォームの「分類図」なので、次にどこに行くか、という、未来予想図でも戦略地図でもないですね。

こうしたチャートが未来や戦略を表すために足りないものは何かっていうと、この図の”外”の要因ですね。

例えばここで書かれているライフログ系、ゲーム系、ジオxx系あたりは特に、スマートフォンの普及ってのが背景にあるし、プレゼント系なんかはmixiやfacebookなどの”身元がわかる”系のプラットフォームの普及が前提となるし。

もし、「次」について語るのであれば、周辺技術・メディアの普及という、ソーシャルメディアを使った情報サービスの土台となる部分の予測が必ず必要になります。そこがあればもっといいレポートになったのに。

ところで僕がもっとも気になったのはタイトル「チェックインの”次”」って言うけど、そもそも「チェックイン」ですらまだまだだと思うのですが。

Written by noritakahiro

12月 19th, 2011 at 11:26 am

Posted in つらつら

「やりたいことをやりたい」の裏返しは「やりたくないことはやらない」ではないし。

without comments

退職のご挨拶 : TechWave.

TechWave見てたらこの記事がリコメンされた。湯川さんって、確かに「やりたいことをやりたい」というタイプではあると思うが決して「やりたくないことはやらない」というタイプではなかったように思う。

実際、時事通信社在籍当時でまだ僕と会話をしてくれてた頃は「やりたくないこと」についての愚痴をよく聞いたしね。それって「やりたくないこと」をやってたからこそ出てくるもんだし。そこでの悩みが今のTechWaveにつながってると思うから、湯川さんも「やりたくないことはやらない」なんてブログ記事を支持するんじゃなくって、「オレもやりたくないことはやってた(やらされてた)けど、結局やりたいことをやりたいから今みたいな仕事をしている」って言ってくれればいいのに。

「やりたくないことはやらないでやってきた」、なんて40超えたオッサンには絶対ありえない話だし、誰もそんなこと信じることなんてないんだから。

 

って思ってたら、湯川さんがこんなツイートしてた。

 

湯川さん、、、結局「やりたくないことはやらないでやってきた」ってツイートの舌の根の乾かぬうちにその逆のことを言ってるし...。なんで最初から、(略)。

 

でも湯川さんも言い換えたとこは好評価ですね。

 

Written by noritakahiro

12月 19th, 2011 at 11:19 am

Posted in つらつら

いいソーシャルメディアコンサルタント、いいソーシャルメディアマーケターの条件

with one comment

fbのほうにも書きましたが。

広告主の方々にソーシャルメディアコンサルタントやソーシャルメディアマーケターを雇おうと思った時に向けてのアドバイスとして以下のようなものがあります。これは僕自身が企業のソーシャルメディアを使ったキャンペーン、ソーシャルメディアを使った顧客対応について、企画やアドバイスを行ってきた際の経験と、そして、ソーシャルメディアコンサルタント/マーケターを実際雇った際に期待ほどではなかったと言われる企業の方の意見を聞いたことから考えたものです。

広告主企業側として、ソーシャルメディアコンサルタントやソーシャルメディアマーケターを雇うときの選定項目の中に特に入れておいたほうが良い項目は、

「コミュニティの運営経験がある」
「メールマガジンの運営経験がある」

の2つです。コンサルタントやマーケターというのはともすれば、実際には「”顧客”たる企業の顧客”」であるコンシューマに触れたこともなく、机上の空論を振りかざすだけになりかねない職業です。一方で、企業からの企画依頼・受託運営などで、「直接コンシューマ(ユーザー)に触れる」ような機会を得てきた人材は、いわゆる「対話、対話」と呪文のように叫ばれている以上に、コンシューマ(ユーザー)に対する、リアクティブな対応(ユーザーからのアクションに対する対応)/プロアクティブな対応(ユーザーから何かアクションが起きる前に起こす対応)について経験があるものです。

ソーシャルメディア界隈では、顧客ロイヤリティや対話が大事とプレゼン資料や執筆物や発言上ではそれぞれのコンサルタントやマーケターが言ってるのをよく見るものの、それらの実際の経験者が非常に少ないようで、いざプロジェクトが始まってみると絵に描いた餅となってしまい、結果として広告主企業の不満を買ってるケースが見受けられます。まぁもちろん、口だけ、と、経験、の差は大きいうえに、企業側はソーシャルメディアなんて無くったって(つまり無い時代から)実際には数多くの顧客対応をしてるわけだからいわずもがな、なのですが。

ただし、こうしたソーシャルメディアコンサルタント/ソーシャルメディアマーケターとの齟齬が起きてしまうのは企業側の状況にも課題があり、こうした専門家を雇うにあたってのクライテリア(判定基準)が一般的に存在しないことにも起因するかと思われます。実際のところ、ソーシャルメディア関連ビジネスにおいては、一時のSEM/SEO事業者よりもひどい有様で、その能力も事業者によって非常に差があります。ありすぎる状況です。

実際、対話的な顧客対応というのはソーシャルメディアが出てきたから始まった話ではなく、以前からあるもの。だからこそ過去の経験を生かしてソーシャルメディアに向かってくれるチームでなければ信用して仕事を任せるに値しないと思います。それゆえ、上記2つは(ソーシャルメディア使おうがそうでなかろうが、とりわけオンラインマーケティングをやる上での)必須の項目です。他にもオプションとして、「クチコミマーケティングの実施経験がある」、「オンライン上でのイベント、キャンペーンの運営経験がある」もあるでしょう。

このようなクライテリア(判定条件)をつけて評価しないと、単なるバズワードに群がってる人たちを肥やすだけで、広告主側もハッピーになりません。またこれらの基準を作ることで、ソーシャルメディアビジネス業界のレベル向上にもなるのではないでしょうか。

というわけで、facebook上で、「ソーシャルメディアマーケター/コンサルタントを雇うときのクライテリア」についてみなさんからも募集しております。ぜひご意見ください。まとめて公開します。

日本で片岡敏郎バージョンとか作りたいな

without comments

広告の父、デイヴィッド・オグルヴィ氏に“プレゼン”できるアプリ | ブログタイムズ BLOG 【海外広告・宣伝事例】.

デヴィッド・オグルヴィに自分のアイデアをプレゼン(Pitch)すると、それに対して、デヴィッドが評価してくれるというアプリ。

たまらないね、すばらしい。

 

 

Written by noritakahiro

7月 25th, 2011 at 12:17 pm

Social Widgets powered by AB-WebLog.com.